神田沙也加さんは、俳優・神田正輝さんと歌手・松田聖子さんとの間に生まれ、歌手としてや舞台、声優等、様々な分野で活躍されていました。
神田沙也加さんはプライベートも充実されており、2017年に俳優の村田充さんとの結婚を発表します。
父である神田正輝さんとのスリーショットを公式Instagramへ掲載するなど、幸せな結婚生活を送られていましたが、2019年12月に離婚を発表されました。
離婚されてしまいましたが、お二人の間にお子さんはいたのでしょうか?
このページでは、神田沙也加さんのこどもについて解説をしていきます。
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- 神田沙也加プロフィールと活動歴
- 神田沙也加のこどもについて
- SNSの反応
神田沙也加プロフィール
https://twitter.com/Wes_muroran/status/1586176748722737153?s=20&t=YWSIh6fWkIigWbBNiJKhtw
名前 | 神田沙也加 |
生年月日 | 1986年10月1日 |
出身地 | 東京都千代田区 |
身長 | 159.9 cm |
所属事務所 | 最終所属はローブ |
神田沙也加の活動歴
1999年8月に両親のことは明かさずにオーディションを受け、デビッド・グリーンスパン監督の短編映画「ビーン・ケーキ(おはぎ)」にヒロインの小学生役を勝ち取りました。
1999年12月、「ALICE」のペンネームで母・松田聖子の曲「恋はいつでも95点」で初作詞を行い、ALICEが神田沙也加さんであるという事実は歌手デビュー後に公表されることとなりました。
ALICEというペンネームは、松田聖子さんのヒット曲「時間の国のアリス」から取られました。
神田沙也加さんは、その後SAYAKAとして活動を行い、2001年5月には江崎グリコ「アイスの実」でCM初出演を果しました。
その後も、松田聖子さんのコンサートでSAYAKAとしてゲスト出演するなど、歌手活動も行ってきました。
2003年9月に公開された映画「ドラゴンヘッド」でヒロインを演じたことで、本格的に女優デビューとなります。
2004年7月には、約20倍のオーディションに勝ち残り、宮本亜門さん演出のミュージカル「INTO THE WOODS」で赤ずきん役を演じることになります。
実はこの舞台が神田沙也加さんの初舞台となりました。
神田沙也加さんは当初、舞台経験のない自分が重要な役に抜擢されたことに疑いを持ってしまい、「親が有名人だから選ばれたのか」と宮本亜門さんに質問します。
その質問に対し、宮本亜門さんは「ちゃんとあなたを見て選んだんだから、あなたはあなたのままで自信を持ってそこに立っていいんだよ」という言葉を神田沙也加さんに送り、舞台の仕事を中心に活動する今があると神田沙也加さんは語られていました。
神田沙也加さんが声優としても有名になったのは、なんといっても2014年3月14日に日本で公開されたディズニー製作のミュージカル・アニメーション映画「アナと雪の女王」ではないでしょうか。
この作品で、神田沙也加さんは王女・アナ役の日本語吹替えを担当し、この作品の大ヒットに貢献しました。
神田沙也加さんは、この作品で歌唱・声・演技、あらゆる面で評価され一躍注目を浴びることとなり、この年の紅白歌合戦では劇中でも歌われていた「生まれて初めて」を披露していました。
神田沙也加に妊娠・こどもはいたのか?
結論から言うと、神田沙也加さんはお子さんがいませんでした。
2019年に村田充さんとの離婚原因として、村田充さんご自身が公式に「こどもについて意見の相違があった」ということを発表されていますよ。
「結婚以来継続してきた夫婦の在り方について、子どもが欲しかった私と、前向きになれなかった彼女とで折り合いがつかず、互いを尊重し、前を向いてそれぞれの人生を歩むという結論に至り、今年の夏、二人で円満に離婚届を作成し、離婚に双方合意をいたしました」
引用:オリコン
そして、離婚後こどもに関する意見の相違について神田沙也加さんも追加で公式発表を行っています。
「子供については、結婚当初は将来的に子供を、という共通見解でした。村田さんは表舞台から家に入り、子供の居る生活の環境づくりをしてくれていました。お仕事を続けながら結婚生活が続き、予定していた時期が近づいてくる中で不安感が大きくなり、やはり勇気を持てないとわたしが身勝手に志を変えてしまったことが起因であり、結婚前から意見の相違があったわけではありません」
引用:サンスポ
神田沙也加には出産に前向きになれない理由があった
神田沙也加さんは、20代半ばまでは子供を産んだら引退を決意していたほどの積極性がありました。
結婚後のテレビ出演でも、子供についての質問が来ると「ほしいです」と即答されていたほど前向きでした。
そんな神田沙也加さんが前向きになれなくなっていたきっかけは、幼少期にあったと思われます。
神田沙也加さんが幼少期の頃、両親は大変有名な方ですので、芸能活動に大忙しだった日々を送られてきました。
そのなかで、神田沙也加さん自身に寂しさを抱えてきたのではないかと言われています。
幼少期は特に親の愛情を沢山受けたい時期です。
その時期に両親が多忙の日々を送られていたとなると、少なくとも寂しさはあったのではないでしょうか。
そして、もう一つは母親である松田聖子さんの恋多き人生です。
松田聖子さんは3度の結婚歴の中で、2度離婚されていました。
この結婚歴だけでなく、数々の有名人やマネージャーなどと熱愛がスクープされるほど、恋多き女性としても知られています。
神田正輝さんと離婚された後も、色んな男性と熱愛が出ていますので、母親を応援したい気持ちがある一方で、寂しさもあったのではないかと考えられます。
このことを経験しているからこそ、子供に寂しい思いをさせたくない神田沙也加さんは、多忙な日々を過ごすうちに、タイミングは今ではないと感じてしまったと思われます。
神田沙也加は妊娠・こどもが欲しかった?
神田沙也加さんは、2021年に舞台の公演の為に、滞在していた北海道のホテルから飛び降りて亡くなられました。
この時、交際していたと言われているのが前田剛久さんでした。
その後、週刊誌にて前田剛久さんが神田沙也加に罵倒する音声などが流れて多くのファンの方の怒りが前田剛久さんへ向きましたね。
そんなお二人の間には、実は赤ちゃんがいてマタニティブルーで神田沙也加さんが不安定な精神状態だったのでは?と言われています。
こどもより仕事を優先してきた神田沙也加さんが、妊活に前向きだったという報道もありますから、噂レベルではない内容なのかなという気もしますね。
神田沙也加のこどもや妊娠に関するSNS投稿【体験談】
神田沙也加さんの子供時代に関して記憶に残っている方が多いのではないでしょうか
神田正樹のドラマ、松田聖子の音楽で、俺は育ったようなものだ。俺は大学生だっただろうか?神田沙也加ちゃんには、なんだか親のような気持ちだった。今、俺にも息子と娘がいるが、子供の死なんて到底受け入れられない。神田正輝氏と松田聖子ちゃんの心中想像を絶する。心からお悔やみを申し上げます。 pic.twitter.com/EZ0Ag524QR
— ショーリ (@MyBullishMarket) December 19, 2021
どうやら村田充さんとの結婚当時、神田沙也加さんはこどもをつくることに前向きではなかったようです
【コメント全文】神田沙也加と村田充が離婚https://t.co/eARRSVSbWl
神田は「生きてきた環境の中で持った考えを変えられず、彼を幸せにすることが出来ないと思いました」。村田は「子どもが欲しかった私と、前向きになれなかった彼女とで折り合いがつかなかった」と報告。#神田沙也加 #村田充
— ORICON NEWS(オリコンニュース) (@oricon) December 4, 2019
子供を欲しいと思う旦那と、タイミングは今ではないと感じてしまった神田沙也加さんだからこそ、お互いの意思を尊重し合い、話し合った結果の離婚だったと感じられます。
神田沙也加に子供がいたのか?妊娠していたという噂について徹底解説!【まとめ】
この記事では、神田沙也加さんにこどもがいたのか?について解説してきました。
実際は、神田沙也加さんにはお子さんがいなかったことが分かりましたね。
もしも、多忙を極めていなかったら、タイミング的にも離婚はせずに妊活に励んでいたのかもしれません。
そうしたことで、もしかしたら神田沙也加さんが自ら命を絶つこともなかったかもしれません。
子どもを育てるということは、並み大抵のことではないからこそ、話し合い離婚とまでなってしまったとも考えられるのではないでしょうか。
タイミングというのは本当に難しいものですね。
今回は「神田沙也加に子供がいたのか?妊娠していたという噂について徹底解説!」を最後までご覧いただきありがとうございました。
本記事の内容があなたのお役に立てば幸いです。
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