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【死因】バイクレーサー・埜口遥希選手が22歳で死去!早すぎる別れに

【死因】バイクレーサー・埜口遥希選手が22歳で死去!早すぎる別れに

バイクレーサーの埜口遥希選手(22)が、8月13日にインドネシアで開催されたFIMアジアロードレース選手権で起きた多重クラッシュに巻き込まれ、16日に亡くなったことが17日に発表されました。

埜口選手は、若手のホープとして活躍しており、今シーズンもチャンピオン争いをしていました。

この記事では、埜口選手の経歴や事故の概要、両親や関係者のコメントなどをまとめてみます。

埜口遥希選手の経歴

埜口選手は奈良県出身で、5歳からキッズバイクに乗り始めました。

翌年からはキッズバイクやミニバイクレース、地方選手権などで活躍しました。

2017年からは若手ライダーの登竜門となるイデミツ・アジア・タレント・カップに参戦し、2年連続でランキング2位になりました。

2019年にはレッドブル・ルーキーズカップでランキング3位になるなど、着実に成長してきました。

2020年からはMFJ全日本ロードレース選手権 ST600クラスに参戦し、2021年に見事チャンピオンを獲得しました。

2022年からはARRCのASB1000クラスにステップアップし、2022年には4勝を挙げてランキング2位になりました。

今シーズンも開幕戦で2勝を挙げて第3戦終了時点でランキング2位につけていました。

さらに、8月6日に開催された2023 FIM世界耐久選手権“コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース 第44回大会にSDG Honda Racingから参戦し2位に入るなど、これからさらなる活躍が期待されていました。

事故と死因の概要

埜口選手が亡くなった事故は、8月13日にインドネシアのプルタミナ・マンダリカ・インターナショナル・ストリート・サーキットで行われたARRC第4戦決勝レース2の4周目に発生しました。

ターン10で先頭集団が接触して転倒した際、後方から来た埜口選手が巻き込まれて重傷を負いました。

現地の病院に搬送され治療を受けていましたが、現地時間8月16日17時40分に死去しました。

両親や関係者のコメント

埜口選手の死去を受けて、両親や所属事務所、チーム関係者などが追悼のコメントを発表しました。以下に一部を紹介します。

  • 埜口選手の両親:「遥希は、5歳からオートバイに乗り始め、私達家族に多くの感動と喜びを与えてくれました。今まで遥希を支え成長させてくれた多くの仲間やチーム、応援していただいた皆様に、感謝申し上げます」
  • ハルク・プロ代表取締役社長・原田博之氏:「遥希は、ハルク・プロの一員として、常に前向きにレースに取り組み、チームメイトやスタッフとも仲良くしてくれました。彼の笑顔や走りは、私たちにとってかけがえのないものでした。このような結果になってしまったことは、本当に残念でなりません。ご冥福をお祈りいたします」
  • ホンダ・レーシング代表取締役社長・渡辺康治氏:「埜口遥希選手の訃報に接し、突然のことに大きな驚きと深い悲しみを感じています。先日の鈴鹿8耐では、急遽参戦が決まり不慣れな環境下にも関わらず、見事な走りで表彰台に上がり、素晴らしい笑顔を見せてくれたばかりでした。また、昨年は大きな怪我のためにあと一歩のところでARRCチャンピオンを逃し、悔しい想いをしたのに対し、今シーズンは怪我から完全復活し開幕から順調に勝利を挙げていたところでした。レースのみならず何事にも前向き、意欲的に取り組む姿勢が印象的で、まだ22歳とこれからの活躍が楽しみだった中での逝去が、本当に残念でなりません。埜口選手ならびにご家族、チーム関係者の皆様に対し、謹んで哀悼の意を表します」

【死因】バイクレーサー・埜口遥希選手が22歳で死去!早すぎる別れに【まとめ】

バイクレーサーの埜口遥希選手(22)が、8月13日にインドネシアで開催されたFIMアジアロードレース選手権で起きた多重クラッシュに巻き込まれ、16日に亡くなったことが17日に発表されました。

この記事では、

  • 埜口選手の経歴や事故の概要
  • 両親や関係者のコメント

という内容を紹介しました。埜口選手は若手のホープとして活躍しており、今シーズンもチャンピオン争いをしていました。

ご家族や友人、仲間やファンの方々に心からお悔やみ申し上げます。

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